人身事故を物損事故として届出ることのリスクと切り替え方法
交通事故には「人身事故」と「物損事故」とがあります。
両者にはどのような違いがあるのでしょうか。また、人身事故を物損事故として届出ることに、問題はないのでしょうか。
ここでは、人身事故と物損事故の違いについて解説し、人身事故を物損事故として届出ることのリスクについて説明します。
このコラムの目次
1.人身事故と物損事故の違い
(1) 人の死傷の有無
人身事故と物損事故の違いは、人の生命身体に傷害を生じたか否かです。
物損事故は物が壊れただけなのに対し、人身事故は不幸にも人の生命身体に被害が生じた事故です。
(2) 人身事故では刑事処分の可能性もある
人身事故は、加害者に過失がある限り過失運転致死傷罪などの刑事処分を受ける可能性があります。
過失運転致死傷罪の法定刑は、7年以下の懲役もしくは禁固または100万円以下の罰金です(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律第5条)。
これに対して、物損事故は、加害者に過失があっても刑事処分を受けることはありません。ただし、建築物を壊してしまった場合は例外です。
車両の運転者が業務上必要な注意を怠り、または重大な過失によって他人の建造物を損壊した場合は、6ヶ月以下の禁固刑または10万円以下の罰金刑となる場合があります(道路交通法第116条)。
(3) 人身事故は行政処分を受ける可能性が高い
人身事故を起こすと、事故内容に応じて違反点数となり、行政処分の対象となることがあります(道路交通法第103条第1項5号)。
これに対して、物損事故の場合は違反点数となりません。
(4) 人身事故、物損事故と損害賠償責任
人身事故も物損事故も、加害者に過失がある限り民事責任としての損害賠償義務を負担することは同じです。
では民事上の責任に関して違う点はなんでしょうか。それは、①加害者に請求できる損害賠償の内容が異なること、②人身事故には自賠責保険の適用があることです。
①損害賠償の項目の違い
人身事故と物損事故では、損害賠償の内容に違いがあります。
損害を内容によって分けたものを、ここでは「損害の項目」と呼ぶことにします。
物損事故の損害項目
- 修理費
- 買替差額
- 評価損
- 台車使用料
- 休車損
- 保管料
- レッカー代
- 査定料
- 廃車料
(常にこれらの全てが認められるというわけではありません。なお、物損事故に対して、慰謝料請求は認められていません。)
人身事故の損害項目
- 治療費
- 入院雑費
- 通院交通費
- 休業損害
- 傷害慰謝料
- 後遺障害慰謝料
- 後遺障害逸失利益
(常にこれらの全てが認められるというわけではありません。また、人身事故の損害賠償項目がこれらに限られるわけではありません。)
②人身事故には自賠責保険の適用がある
人身事故と物損事故の大きな違いは、人身事故には自賠責保険の適用があるという点です。自賠責保険は、交通事故の被害者を救済するために最低限の損害補償をするための強制保険制度です。
このため、自賠責保険には限度額があり、傷害による損害には被害者1名あたり120万円が上限です。後遺障害慰謝料については、その程度(後遺障害等級)に応じて、最高4000万円から第14級の75万円までが段階的に定められています。
このように、物損事故と人身事故では、受けられる補償の面でも大きな違いがあります。しかし、実際には、人身事故の被害者であるのにこれを物損事故として警察に届出てしまうケースがあります。
2.人身事故を物損事故として届出てしまう理由
(1) 加害者から依頼されて断れない
自動車事故の加害者となった場合に受ける不利益は、刑事処分、行政処分、民事上の責任だけではありません。被害者に対する損害賠償に任意保険を使用すると、保険の等級が下げられてしまい、保険料の割引率も引き下げられて、次回の保険料が高額になってしまうという不利益もあります。
このため、比較的軽微な事故では、加害者が被害者に対して、人身事故ではなく物損事故として届出をして欲しいと要望する場合があります。
被害者もその時点で特に体に痛みなどがない場合、加害者の頼みを断りきれず、物損として処理することに応じてしまう場合が往々にしてあるのです。
(2) 被害者も自分の不利益を避けようとする
車対車の事故においては、被害者も自分にも何らかの過失が認められる可能性があると考える場合があります。
そのような場合、加害者と同様に、保険料の増額、行政処分、刑事処分という不利益を受けることを不安に思うと、被害者も進んで物損事故で済ませてしまおうとするのです。
(3) 身体の痛みがなく、被害者が人身事故と認識していない
事故直後、被害者に特に身体の痛みなどがない場合は、被害者自身が人身事故としては認識できず、物損事故として届出をしてしまうことがあります。
3.人身事故を物損事故として届出をするリスク
さて、このように人身事故を物損事故として届出をすることには、どのようなリスクがあるのでしょうか?
(1) 道路交通法上の報告義務違反となるリスク
交通事故が起きたときは、車両の運転者は、加害者・被害者を問わず、交通事故が発生した日時、場所、死傷者の数、負傷の程度、損壊した物、損壊の程度などを警察に報告しなければなりません(道交法第72条1項)。
人身事故による負傷者が発生しているにもかかわらず、その事実を警察に報告していないということは、道交法違反です。この報告義務に違反する場合、3ヶ月以下の懲役または5万円以下の罰金に処せられる危険性があります。
ただし、これは車両の運転者に課せられた義務ですので、被害者が歩行者のときには、被害者には報告義務はありません。
(2) 保険会社に対する通知義務違反となるリスク
交通事故が発生したときは、加害者・被害者を問わず、自分が契約している自動車保険の保険会社に対し、事故発生の事実と内容を通知、報告する義務があります。この義務は、保険法という法律上の義務ですが、各保険契約の約款にも明記されています。
この義務に違反しても、保険金がおりないということはありません。しかし、直ちに事実を報告しなかったことによって保険会社が何らかの損害を被った場合には、損害額を保険金から控除されたり、損害賠償を請求されたりする危険性があります。
(3) ケガと交通事故との因果関係を否定されるリスク
事故で傷害を受けたのに、事実を警察や保険会社に報告せず、単なる物損事故として届出をしていた場合、事故から長期間経った後に初めて病院を受診してから「実は人身事故でした」と報告しても、そのケガが本当に交通事故によるものかどうかを疑われてしまう可能性があります。
最悪の場合、交通事故を原因とするケガではないとされてしまい(因果関係の否定)、一切の賠償を拒否されるリスクもあります。
(4) 損害賠償額が低く算定されてしまうリスク
当初は物損事故として届出ていたということから、ケガの程度が軽いものと評価されてしまう危険があります。これが入通院慰謝料の算定や、後遺障害等級認定に影響し、正しい損害賠償額を受け取れなくなく危険性があります。
ことに後遺障害等級は、後遺障害慰謝料や後遺障害逸失利益の算定の目安となるので、後遺障害と認定してもらえなかったり、低い等級に認定されてしまったりすれば、本来受け取ることができたはずの損害賠償金を受け取ることができなくなってしまいます。
(5) 実況見分がなされないリスク
人身事故では、通常、事故直後に警察による現場検証が行われます。これを「実況見分」と言います。
当事者や目撃者から事故の状況を聴取し、事故現場の状況や事故態様を記録し、実況見分調書という書類が作成されます。
また、当事者の事情聴取も行われ、その供述内容を記載した供述調書も作成されます。
これらの書類は、加害者の刑事責任を問うための証拠書類として警察が作成するものですが、損害賠償請求をする際の民事事件の証拠としても利用することが認められています。事故の態様をめぐって当事者の供述が違っており、過失割合に争いが生じた場合には、これらの書類が重要な証拠となります。
ところが、人身事故であるにもかかわらず物損事故として届出をしてしまうと、実況見分が行われないため、事故の状況をめぐって争いが生じた場合に証拠が存在せず、正しい事実が認定されなくなってしまう危険性があります。
仮に、真実は被害者の過失が0であったにもかかわらず、実況見分調書という証拠がないために被害者にも5割の過失があったと認定されてしまえば、損害賠償額の総額の5割が受け取れなくなるのです。治療費であろうと、通院交通費であろうと、休業損害であろうと、慰謝料であろうと、全部が半分しかもらえないのです。物損でも同じで、車の修理代の半分しかもらえません。
過失割合がいかに賠償額に影響するか、お分かりいただけると思います。
4.物損事故から人身事故に切り替える方法
上に説明したリスクが存在するのですから、人身事故が発生した場合は、物損事故として届出るようなことはせず、最初から人身事故として届出るべきです。
もっとも、事故直後には痛みがなく、後になって身体の痛みを自覚するケースも現実に存在します。特にむち打ち症の場合は、事故直後には痛みがなく、数時間から1日程度経って痛みが発生する場合が多いとされています。
そのような場合、できるだけ早く医療機関(整形外科)を受診し、事故による受傷である旨の診断書の発行を依頼してください。同時に、直ちに警察と保険会社に連絡をして、痛みが生じたので人身事故として取り扱って欲しいという希望を素直に伝えてください。
そして、診断書を入手したら、すぐに警察に提出します。警察が診断書を受け取ってくれれば、人身事故として取り扱ってもらえるので、各都道府県の交通事故センターに申請して、人身事故扱いの交通事故証明書を発行してもらえます。交通事故証明書を入手したら、それを加害者の保険会社に提出します。
対応は早ければ早いほど良いとお考えください。事故から長期間が経ってしまうと、そもそも警察が診断書を受け取ってくれません。事故と診断書に書かれたケガとの因果関係を疑われてしまうからです。
5.人身事故への切り替えも弁護士にご相談を
このように、人身事故を物損事故として届出てしまうと、様々なリスクが伴います。事故直後には痛みがなくても、交通事故により身体に衝撃が加わった場合は必ず病院に行くようにしましょう。
また、もし既に物損事故として届出てしまっている場合でも、早めに対応すれば人身事故に切り替えることも可能です。人身事故の切り替えに関するお悩みも、泉総合法律事務所に是非一度ご相談ください。
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